透明なマウスピースで歯並びを整える「インビザライン」は、目立たない矯正方法として人気が高まっています。しかし、「自分の歯並びにも適用できるのか」「どのくらいの期間がかかるのか」といった疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
この記事では、インビザライン矯正がどのような症例に適しているのか、そして治療期間を決める要因について、歯科医師の視点から詳しく解説します。
インビザライン矯正の
メカニズムと特徴

インビザライン矯正は、透明なプラスチック製のマウスピース(アライナー)を段階的に交換しながら、少しずつ歯を動かしていく矯正方法です。
アライナーによる歯の移動原理
インビザラインでは、現在の歯並びから理想的な歯並びまでの移動を、コンピューターで三次元的にシミュレーションします。そして、そのシミュレーションに基づいて、段階的に形の異なるアライナーを設計します。
各アライナーは、現在の歯の位置から約0.25mm程度ずらした位置に歯を移動させるように設計されています。この微小な力を持続的に加えることで、歯を支える骨に「骨のリモデリング」という現象が起こります。力が加わった側では骨を吸収する破骨細胞が活性化され、反対側では骨を作る骨芽細胞が活性化されることで、歯が移動していきます。
1つのアライナーは通常7〜14日間装着し、その後次のステージのアライナーに交換します。治療に必要なアライナーの総数は、歯並びの状態によって異なりますが、軽度の症例で10〜20枚程度、中等度〜重度の症例では40〜60枚以上になることもあります。
ワイヤー矯正との違い
従来のワイヤー矯正では、歯にブラケットという装置を接着し、ワイヤーで連結して力を加えます。ワイヤー矯正は強い力をかけられるため、複雑な歯の移動にも対応できますが、装置が目立つ、痛みが強い、口腔衛生管理が難しいといった欠点があります。
一方、インビザラインは取り外しが可能なため、食事や歯磨きの際は外すことができ、口腔衛生を保ちやすいという利点があります。また、透明なため目立たず、社会生活への影響が少ないです。金属アレルギーの心配もありません。
ただし、インビザラインの効果を得るためには、1日20〜22時間以上の装着が必要です。装着時間が短いと、予定通りに歯が動かず、治療期間が延びたり、治療結果が不十分になったりします。また、複雑な歯の移動が必要な症例では、インビザライン単独では対応できず、ワイヤー矯正との併用が必要になることもあります。
インビザライン矯正の
適応症例と限界

インビザライン矯正は多くの症例に適用できますが、すべての歯並びの問題に対応できるわけではありません。
適応しやすい症例
インビザラインが最も効果を発揮するのは、軽度から中等度の歯列不正です。具体的には、以下のような症例が適応となります。
「叢生(そうせい)」と呼ばれる、歯が重なり合っている状態は、インビザラインの良い適応です。ただし、重なりの程度が軽度〜中等度で、抜歯をせずに歯を並べるスペースが確保できる場合に限ります。奥歯を後方に移動させたり、歯列を横に広げたりすることで、スペースを作ることができます。
「空隙歯列」という、歯と歯の間に隙間がある状態も、インビザラインで効果的に治療できます。すきっ歯や正中離開(前歯の真ん中に隙間がある状態)などが該当します。この場合、隙間を閉じる方向に歯を移動させることで、審美的な改善が得られます。
軽度の「上顎前突」や「下顎前突」も、インビザラインで治療可能です。ただし、骨格的な問題が強い場合や、前歯を大きく移動させる必要がある場合は、適応外となることがあります。
「開咬」という、奥歯は噛んでいても前歯が噛み合わない状態についても、原因が歯性(歯の傾斜によるもの)であれば、インビザラインで改善できる可能性があります。インビザラインのアライナーは歯全体を覆うため、奥歯を圧下(押し込む)する力を効率的に加えることができます。
適応が難しい症例
一方、以下のような症例では、インビザライン単独での治療が難しい場合があります。
重度の叢生で、歯を並べるスペースを確保するために抜歯が必要な場合は、ワイヤー矯正の方が適していることが多いです。抜歯後の大きなスペースを効率的に閉じるには、ワイヤーによる強い力が有効だからです。ただし、近年のインビザラインの技術進歩により、抜歯症例にも対応できるケースが増えてきています。
骨格性の問題が強い症例、つまり上顎や下顎の骨自体の位置や大きさに問題がある場合は、矯正治療だけでは限界があります。成長期の子どもであれば、顎の成長をコントロールする「機能的矯正装置」を併用することもありますが、成人の場合は外科的矯正治療(顎の骨を切る手術と矯正治療の組み合わせ)が必要になることもあります。
歯根が短い場合や、歯周病によって歯を支える骨が減少している場合も、インビザラインの適応には注意が必要です。歯を動かす際に歯根に負担がかかるため、歯根が短いとさらに短くなるリスクや、歯が抜けるリスクがあります。歯周病がある場合は、まず歯周病の治療を行い、口腔内の環境を整えてから矯正治療を開始します。
補助装置の使用
インビザラインの適応範囲を広げるために、補助装置を併用することがあります。「アタッチメント」は、歯の表面に小さな突起状のレジンを接着するもので、アライナーがより効果的に力を伝えるために使用されます。アタッチメントは歯の色に近い色をしており、目立ちにくいですが、完全には見えなくなりません。
「顎間ゴム」は、上下の歯を結ぶゴムで、上下の歯の位置関係を調整するために使用されます。例えば、上顎前突を改善するために、上顎の歯を後方に、下顎の歯を前方に移動させる際に用います。
これらの補助装置を使用することで、より複雑な症例にも対応できるようになりますが、装置が目立つ、装着の手間が増えるといった欠点もあります。
治療期間を決定する要因

インビザライン矯正の治療期間は、個々の症例によって大きく異なります。一般的には1〜3年程度ですが、何が期間を左右するのでしょうか。
歯並びの重症度と移動距離
最も大きな要因は、歯並びの乱れの程度と、歯を移動させる距離です。軽度の叢生や空隙歯列であれば、6ヶ月〜1年程度で治療が完了することもあります。一方、重度の叢生や、抜歯を伴う症例では、2〜3年以上かかることもあります。
歯の移動速度は、平均して1ヶ月に約0.5〜1mm程度とされています。例えば、前歯を5mm後退させる必要がある場合、単純計算で5〜10ヶ月かかることになります。ただし、実際には複数の歯を同時に動かしたり、段階的に異なる方向に動かしたりするため、計算通りにはいきません。
患者さんの協力度
インビザライン矯正の成功は、患者さんの協力に大きく依存します。最も重要なのは、アライナーの装着時間です。推奨される装着時間は1日20〜22時間以上ですが、これを守らないと歯が予定通りに動かず、次のアライナーが合わなくなります。
装着時間が不足した場合、治療計画の修正が必要になり、追加のアライナーを作製することになります。これを「リファインメント」と呼びますが、リファインメントが必要になると、当然治療期間が延びます。
また、アライナーの交換タイミングを守ることも重要です。歯科医師の指示通りに7〜14日ごとにアライナーを交換する必要があります。交換を早めすぎると歯に過度な負担がかかり、遅すぎると治療の進行が遅れます。
歯の動きやすさの個人差
歯の動きやすさには個人差があります。年齢が若いほど、骨の代謝が活発なため歯が動きやすい傾向があります。一方、高齢になると骨が硬くなり、歯の移動速度が遅くなることがあります。
また、歯根の形態も影響します。歯根が短い場合や、歯根が曲がっている場合は、移動が難しくなります。歯を支える骨の質や量も関係し、骨密度が高い場合は歯が動きにくく、歯周病で骨が減少している場合は逆に動きすぎるリスクがあります。
喫煙も歯の移動に悪影響を与えます。タバコに含まれるニコチンは血流を低下させるため、骨のリモデリングが遅れ、歯の移動速度が遅くなります。矯正治療中は禁煙することが強く推奨されます。
治療後の保定期間
矯正治療で歯を理想的な位置に移動させた後も、「保定」という段階が必要です。歯は元の位置に戻ろうとする傾向があり、これを「後戻り」と呼びます。後戻りを防ぐために、「リテーナー」という保定装置を使用します。
インビザライン治療後は、透明なマウスピース型のリテーナーや、歯の裏側にワイヤーを接着する固定式のリテーナーが使用されます。保定期間は、最低でも治療期間と同じ長さ、できれば永続的に行うことが推奨されます。最初の1〜2年は24時間装着し、その後は夜間のみの装着に移行することが一般的です。
保定を怠ると、せっかく整えた歯並びが乱れてしまう可能性があります。矯正治療は保定まで含めて完了すると考えるべきです。
治療の流れと
精密な診断の重要性

インビザライン矯正を成功させるためには、治療前の綿密な診断と計画が不可欠です。
精密検査と治療計画の立案
インビザライン治療を開始する前に、詳細な検査を行います。口腔内写真、顔貌写真、レントゲン写真、歯科用CTなどで、歯並びだけでなく、顎の骨の状態、歯根の位置、顎関節の状態などを総合的に評価します。
当院では歯科用CTを完備しており、三次元的に歯根や骨の状態を把握できます。これにより、安全に歯を移動させられる方向や距離を正確に判断できます。
また、口腔内スキャナーを使用して、歯型をデジタルデータとして記録します。このデータをアメリカのアライン・テクノロジー社に送信し、専用ソフトウェア「クリンチェック」で治療シミュレーションを作成します。クリンチェックでは、現在の歯並びから最終的な歯並びまでの移動過程を三次元的に確認でき、患者さんも治療のゴールをイメージしやすくなります。
治療中のモニタリング
インビザライン治療中は、定期的に歯科医院を受診し、治療の進行状況をチェックします。通常は4〜8週間ごとの来院が推奨されます。
来院時には、アライナーが適切にフィットしているか、歯が予定通りに動いているか、虫歯や歯周病が発生していないかなどを確認します。計画通りに歯が動いていない場合は、原因を分析し、必要に応じて治療計画を修正します。
また、治療中のトラブル(アライナーの破損、紛失、不適合など)にも対応します。アライナーを紛失した場合は、1つ前のステージのアライナーを使用し、新しいアライナーが届くまで待ちます。
治療後のメンテナンス
矯正治療後も、定期的なメンテナンスが重要です。保定装置が適切に機能しているか、後戻りが起きていないか、虫歯や歯周病が発生していないかを定期的にチェックします。
当院では予防歯科を重視しており、矯正治療後も長期的に口腔の健康を守るためのサポートを提供しています。せっかく手に入れた美しい歯並びを維持し、さらに虫歯や歯周病を予防することで、生涯にわたって健康な口腔環境を保つことができます。
よくある質問
Q.インビザライン治療中に痛みはありますか?
インビザライン治療では、新しいアライナーに交換した直後の2〜3日間、歯が締め付けられるような違和感や軽い痛みを感じることがあります。これは歯が動いている証拠であり、正常な反応です。痛みの程度は個人差がありますが、ワイヤー矯正と比較すると軽度であることが多いとされています。痛みは通常、数日で落ち着きます。もし強い痛みが続く場合は、アライナーが合っていない可能性があるため、歯科医師に相談してください。
また、アライナーの縁が歯茎や頬の内側に当たって痛い場合は、歯科用ワックスで保護するか、アライナーの縁を少し削ることで対処できます。
Q.食事の制限はありますか?
インビザラインは食事の際に取り外すため、食べ物の制限はありません。ワイヤー矯正では、硬いものや粘着性のあるものが装置を壊す原因となるため避ける必要がありますが、インビザラインではその心配がありません。ただし、アライナーを装着したまま飲食すると、アライナーの変形や着色、虫歯のリスクが高まるため、水以外の飲食時は必ず外してください。
特に砂糖を含む飲み物や、色の濃い飲み物(コーヒー、紅茶、赤ワインなど)を装着したまま飲むと、アライナーが着色したり、歯とアライナーの間に糖分が閉じ込められて虫歯のリスクが高まったりします。
Q.インビザラインで歯を抜く必要がある場合もありますか?
はい、歯並びの状態によっては抜歯が必要になることがあります。重度の叢生で、歯を並べるスペースを確保するために抜歯が避けられない場合や、上下の歯のバランスを整えるために抜歯が必要な場合があります。一般的には、第一小臼歯(前から4番目の歯)を抜くことが多いですが、症例によっては他の歯を抜くこともあります。
抜歯の必要性は、精密検査と治療計画の段階で判断されます。抜歯症例では、治療期間が長くなる傾向があり、また抜歯後の大きなスペースを閉じるためには、ワイヤー矯正との併用が効果的な場合もあります。
Q.インビザライン治療中に虫歯になった場合はどうなりますか?
インビザライン治療中に虫歯が発見された場合は、まず虫歯の治療を優先します。小さな虫歯であれば、治療してもアライナーの適合にほとんど影響がなく、そのまま治療を継続できることが多いです。しかし、大きな虫歯で歯の形態が大きく変わる治療が必要な場合は、新しい歯型を取り、アライナーを作り直す必要が生じることもあります。
これを避けるためには、治療前に虫歯を完全に治療しておくこと、そして治療中も丁寧なブラッシングとフロスの使用で口腔衛生を保つことが重要です。アライナーは取り外せるため、ワイヤー矯正と比べると口腔衛生管理はしやすいですが、油断は禁物です。
Q.インビザライン治療の費用はどのくらいですか?
インビザライン治療の費用は、歯並びの状態や治療の難易度、必要なアライナーの枚数によって異なります。一般的には、軽度の症例で40〜60万円程度、中等度〜重度の症例で70〜100万円程度が相場です。これには、検査費用、診断費用、アライナー作製費用、調整料、保定装置費用などが含まれます。
当院では治療開始前に総額を提示し、追加費用が発生しないようにしています。また、分割払いにも対応していますので、費用面での不安がある方はご相談ください。なお、矯正治療は基本的に自費診療ですが、医療費控除の対象となる場合がありますので、確定申告の際に申請することで、一部が還付される可能性があります。