奥歯を1本失っても、前のほうの歯で噛めるから、しばらくこのままでいい。そう考えて来院される患者様は、決して珍しくありません。
ところが、1本の欠損が口の中全体に影響していくことがあります。放置したままにするか、何かで補うか。補うとして、どの方法を選ぶか。本記事では、失った歯を補う3つの方法について、それぞれの特徴と選ぶときの考え方を解説いたします。
1本失ったまま放置すると
どうなるか

まず、補わない場合に何が起こるのかを整理します。ここを知っておくと、選択の意味が見えてきます。
隣の歯と噛み合う歯が動いてくる
歯は、両隣の歯と、上下で噛み合う歯に支えられて位置を保っています。1本抜けると、その支えが崩れます。隣の歯は空いたすき間へ傾き、噛み合っていた相手の歯は伸び出てきます。
こうした移動は、月単位でゆっくり進みます。半年、1年と経つうちに、かみ合わせのバランスが変わってしまう。後からインプラントや被せ物で補おうとしたとき、入れるスペースが足りなくなっていることもあります。
そうなると、まず矯正で歯の位置を戻してから補う、という手順が必要になることもあります。当初なら一つで済んだ治療が、二段構えになるわけです。放置した期間の分だけ、後の選択肢が狭まっていきます。
残った歯に負担が集中する
もう一つの変化が、噛む力の偏りです。1本分の役割を、残りの歯が肩代わりすることになります。負担のかかった歯は、割れたり、歯周病が進んだりしやすくなります。1本の欠損が、次の欠損を呼ぶ。当院でも、長く放置された部位の隣の歯まで状態が悪くなっていたケースを経験しています。
さらに、抜けたままの部分では、あごの骨がやせていきます。歯があることで骨に伝わっていた刺激がなくなるためです。骨の量が減れば、後からインプラントを選ぶ際に骨を増やす処置が必要になることもあります。見えない部分でも、変化は進んでいます。
3つの治療法の仕組みと違い

結論から言えば、どれが最も優れているという話ではありません。残っている歯の状態やご希望に合うものを選ぶのが基本です。それぞれの仕組みを見ていきます。
入れ歯(取り外し式)
人工の歯を、取り外しのできる装置で補う方法です。1本の欠損であれば、小さな部分入れ歯になります。周りの歯を大きく削らずに作れること、保険が適用されるものがあること、比較的短い期間で完成することが特徴です。
一方、装着時の違和感、バネをかける歯への負担、取り外して洗う手間があります。噛む力は、自分の歯に比べると弱くなる傾向があります。前歯に近い部分では、バネの金属が見えることを気にされる方もいらっしゃいます。
慣れるまでには個人差があり、数日で気にならなくなる方もいれば、調整を重ねながら少しずつ慣れていく方もいます。
ブリッジ(固定式)
失った歯の両隣を削り、橋を渡すように連結した被せ物で補う方法です。固定式のため違和感が少なく、噛む感覚も比較的自然です。保険が使える場合もあり、治療期間も数週間程度で済むことが多いです。
ただし、健康な隣の歯を削る必要があります。削った歯は元に戻りません。神経のない歯が支えになる場合や、もともと大きく削られている歯が支えになる場合は、その歯の寿命にも関わってきます。
また、支えとなる2本の歯に、失った1本分の力も加わることになります。連結した部分の下は清掃が難しく、専用の器具でのケアが欠かせません。
インプラント(自費)
あごの骨に人工の歯根を埋め込み、その上に人工の歯を取り付ける方法です。周りの歯を削らずに済み、自分の歯に近い感覚で噛めるとされています。日本口腔インプラント学会でも、欠損を補う有効な選択肢の一つとして位置づけられています。
一方、外科処置をともなうこと、自費診療であること、骨の状態によっては追加の処置が必要になること、治療期間が数ヶ月に及ぶことは知っておきたい点です。埋め込んだ後、骨と結合するまで待つ期間が必要になるためです。
また、入れた後もケアが欠かせません。周囲の歯茎が炎症を起こせば、支える骨が減っていきます。入れて終わりではない、という点は、選ぶ前に理解しておいていただきたいところです。
選ぶときの判断材料

3つの方法には、それぞれ向いている状況があります。何を優先するかで、答えは変わってきます。
4つの軸で比べる
判断の材料になるのは、主に4つです。費用をどこまでかけられるか。治療にどのくらいの期間を使えるか。隣の健康な歯を削ることをどう考えるか。そして、外科処置を受けられる状態かどうか。
費用を抑えたいなら入れ歯やブリッジが、隣の歯を守りたいならインプラントが候補になりやすい傾向はあります。ただし、骨の量が足りなければインプラントの前に骨を増やす処置が必要になり、期間も費用も変わります。持病や服用中のお薬によって、選べる方法が変わることもあります。
清掃のしやすさも見落とせない要素です。ブリッジは連結部分の下、インプラントは歯茎との境目に汚れがたまりやすく、それぞれに適したケアが必要になります。手先の細かい作業が苦手な方、通院の間隔が空きがちな方では、その点も含めて考えたほうが現実的です。
将来のことまで含めて考える
一度削った歯は戻せません。ブリッジを選べば、将来インプラントに変えたくなっても、削った2本はそのままです。逆に、インプラントを選べば手術という負担があります。
私個人の見解としては、10年後、20年後にどうなっていたいかまで含めて考えていただくのがよいと思っています。今の負担だけで決めると、後から選択肢が狭まることがあるためです。
まずは診てもらうこと
自分にどれが合うのかは、口の中を実際に確認しないと判断できません。骨の量、残っている歯の状態、かみ合わせ、清掃のしやすさ。これらを踏まえてはじめて、現実的な選択肢が絞られます。
失った部位によっても答えは変わります。よく噛む奥歯なのか、見た目に関わる前歯なのか。求められる役割が違えば、優先すべき条件も違ってきます。インターネットの情報だけで決めてしまう前に、一度検査を受けたうえで説明を聞くことをおすすめします。
欠損の治療で当院が
大切にしている診断と説明

検査で選択肢を整理する
当院では、CTを含む検査で骨の状態や周囲の歯の状況を確認したうえで、可能な方法をお伝えしています。3つすべてが選べる場合もあれば、条件によっては現実的でない方法もあります。「できること」と「向いていること」は必ずしも同じではありません。
それぞれの方法について、費用だけでなく、治療にかかる期間、通院回数、その後に必要なケアまで含めてご説明します。判断の材料が揃ってはじめて、ご自身にとっての最善が見えてくると考えているためです。
一つの方法を勧めない
院長はSJCDやJIADSでの研鑽を重ね、EAOにも参加してきました。インプラントを専門的に扱ってきた立場ではありますが、すべての患者様にそれを勧めるわけではありません。予算を抑えたい方には抑えた形を、時間をかけてしっかり治したい方にはその形を。それぞれの長所と注意点を率直にお伝えし、納得して選んでいただくことを大切にしています。
治療の経過には個人差があり、必ずしも同じ結果になるとは限りません。カウンセリングルームを備えていますので、費用や期間、その後のケアまで含めて落ち着いてご相談いただけます。
よくある質問
Q.抜歯した後、すぐに治療を始めるべきですか?
抜歯後は歯茎や骨が落ち着くまで一定の期間をおくことが多く、方法によって開始のタイミングは異なります。目安としては1〜3ヶ月ほど待つことが多いものの、状態によって前後します。
ただ、長く放置するほど周りの歯が動きやすくなります。すぐに治療を始めない場合でも、今後の方針だけは早めに相談しておくと安心です。
Q.一番奥の歯を失った場合はどうなりますか?
一番奥の歯は、後ろに支えとなる歯がないためブリッジが作れません。その場合、インプラントか部分入れ歯、あるいは補わずに経過を見るという判断になります。噛み合う相手の歯が伸びてくる可能性もあるため、放置する場合も定期的な確認をおすすめします。手前の歯でしっかり噛めているかどうかも、判断の材料になります。
Q.インプラントは誰でも受けられますか?
あごの骨の量や全身の健康状態によっては、適応が難しい場合や、事前に追加の処置が必要な場合があります。喫煙や糖尿病などの状態も関わり、成長期のお子様では適応外となります。検査を受けたうえで判断することになりますので、自己判断は避けていただくのがよいかと思います。
Q.後から治療法を変更できますか?
状況によっては変更も可能です。入れ歯からインプラントへ、といった移行は比較的行いやすいものです。一方、ブリッジのために削った歯は元に戻りませんし、支えの歯を失えば作り直しが必要になります。最初にどの方法を選ぶかは、その場の負担だけでなく、将来の選択肢まで含めて検討する価値があります。
失った歯をどう補うかは、これから何十年と続く噛む生活を左右する選択です。情報を整理したうえで、ご自身に合う方法を一緒に見つけていきましょう。